陽暉楼(1983年)

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陽暉楼(1983年)

出演者:池上季実子(太田房子=桃若) vs 浅野温子(珠子)

日本映画史上最高のキャットファイトは何か?と聞いた時に多くの人が名前をあげるのはこの陽暉楼の桃若と珠子の喧嘩シーンでしょう。監督は数多くの作品で多くのCFシーンを世に送り出している五社英雄監督です。本作は五社監督の作品の中でも群を抜いてCF的評価が高いことはもちろん、世界のCFファンの間でも知名度は高く、ネットをさまよっていると他国のキャットファイトを扱ったHPでもこの作品はよく見かけます。
女は競ってこそ華、負けて堕ちれば泥
まさにこの素晴らしいキャッチコピーにふさわしいキャットファイトを見ることができる映画です。

ではそんな日本映画最高峰CFを紹介したいと思いますが、本編のCFを紹介する前に簡単にそこまでの流れをおさらいします。


1)人物紹介

まず主役である池上季実子さん演じる桃若は、今は女衒をやっている緒形拳さん演じる太田勝造、通称”だいかつ”の娘です。桃若の母・呂鶴はだいかつと駆け落ちしたのですが、追っ手にかかり桃若が乳飲み子の時に殺されてしまいます。幼い桃若は、かつてだいかつを巡って桃若の母・呂鶴と恋敵として争った倍賞美津子さん演じる陽暉楼の女将であるお袖の元に預けられ陽暉楼で芸妓になるべく育てられました。器量良しで母親から芸の才能も引き継いだ桃若は、女将のお袖曰く100年に1度出るかでないかの芸妓と評されるほど才能があるようです。ただ境遇がそうさせたのか桃若は情が薄いとしばしば周りから陰口を叩かれ、本人も人を愛すことなどないと気にしてました。また父親であるだいかつを、母親が殺された原因をつくったと恨んでいる感じです。

一方、桃若と激しいCFをする浅野温子さん演じる珠子はというと桃若の父親であるだいかつの若い愛人です。性格は気丈で強気、弱味を周りに見られることが嫌いなタイプで一見自分本位でわがままに見えますが、陰で自ら芸を磨く努力するなどの一面もあります。だいかつが昔の奥さん(桃若の母親・呂鶴)を未だに引きずっている事もあり、母親似の桃若に嫉妬心を抱き、競争心も燃やしています


2)闘いまでの簡単な流れのご紹介

珠子はだいかつと別れ芸者になりたいと言い、だいかつと共に陽暉楼に行きます。しかし陽暉楼の女将・お袖 は珠子に芸妓をやらなければならない切羽詰まった本気が見て取れなかった為か受け入れを断ります。帰り際プライドを傷付けられた珠子の前に桃若含む陽暉楼の芸妓一団が通り過ぎます。陽暉楼の芸妓を断られた悔しさと桃若への嫉妬から、「なんやこれが陽暉楼の芸妓かいな、しょーもな」と大声でいい、芸妓一団に睨まれます。桃若は父親が連れてきたという事もあり意識的に無視するように、「ほっときや」と周りの芸妓に言い立ち去ります。


珠子は芸妓に対する反発心からか女郎屋を紹介しろとだいかつにいいます。
「同じ身体はるんやったら芸妓も女郎もおんなじこっちゃ」と言い放ち、だいかつに一喝されるも、結局だいかつ経由の紹介で女郎になることになります。


3)前哨戦

珠子が女郎になってから葛藤するシーン等があり、ストーリーは進みますが、キャットファイトの舞台となった生演奏のある大きなダンスホールでの前哨戦ともいえるシーンをご紹介。

このダンスホールに商工会会長やら銀行の副頭取やら警察署長やらのそうそうたる面子に交じりやってきた陽暉楼の芸妓一団。当然桃若もおります。そこにぱっと見下品な一団がガヤガヤとやって来ます。小金持ち風の男数名と珠子の働いている女郎一団でした。既に”玉水に珠子あり”とまで言わしめるほど有名になった珠子ももちろん同行しており、席に座り陽暉楼の面々と桃若を見てとると顔が若干険しくなります。もちろん桃若も珠子がいることに気が付きます。


陽暉楼への嫉妬と桃若への対抗心から、珠子は陽暉楼の芸妓・茶良助に踊りを教えている銀行の副頭取である御曹司の側に歩いていき茶良助を突き飛ばします。茶良助は怒りますが珠子は「下手くそは引っ込んどき」と言い、来ていた着物の裾を大胆にまくり上げ、曲に合わせて踊り始めます。驚いた御曹司も珠子の見事な踊りにつられ一緒に踊り出します。御曹司のアメリカ仕込みのステップも軽やかで二人の息はぴったり。会場の視線を一気に集めて盛り上がります。見ていた陽暉楼の芸妓は気分が悪いので先に帰るといい出しますが、桃若がとめて狼狽えるなと諭します。


ダンスも佳境にきてノリにのっている二人を見ていて、桃若も父親の愛人である珠子への怒りもあったのか、二人に近づき踊っている珠子を強引に振り向かせます。そして「このお方はあてーのところのお客様ですきに、ぼつぼつ返してもらいます」と言い放ち、御曹司に近づき、「ほな行きましょご身分に障ります」と珠子に聞こえるように声をかけます。それを聞いた珠子は怒り、桃若の着物の襟首を掴んで、「ちょっとあんた、うちがどないな女子(おなご)やちゅーねん、説明してもらおうか」と凄みます。桃若も一歩も引かず、「離しや着物が汚れるき」と返します。ますます怒り襟首を捲り上げる珠子だが、桃若もその腕を掴み力づくで引き離し、睨み合いながら無言の力の入れあいとなります。お互いに手が離れて分かれると、珠子は桃若にぶつかりながら自分の席に帰って行き、ここでの闘いはひと段落つきます。
ここで御曹司がこの女同士の情念溢れるぶつかり合いをした桃若に惹かれたのか、12時に店で待っていると告げて席に戻ります。桃若はその言葉に激しく動揺します。


4)日本映画史に残るキャットファイト本編

場面は変わってお手洗いで化粧直しをする桃若。そこに桃若を慕う仙道敦子ちゃん演じるとんぼが入って来て、先ほどの珠子とのバトルを褒め称えます。それに照れた桃若はそろそろ行こうかととんぼに言い二人してお手洗いから出て行こうとしますが、その時にスタッフ用のドア(?)から珠子がお手洗いに入って来ます。
「桃若はん改めて挨拶にきましてん、うちは玉水遊郭の珠子、知っている思うけどちょっと前まであんたのおとうちゃんに世話になってたもんや」と桃若の父であるだいかつの愛人だったという自己アピールをサラリとします。「あてには関係ないことどす」と返す桃若だが「そうはいきまへんのや、あんたさっきのことあのままですむとは思うとらしまへんやろな」と珠子が詰め寄ります。


そこに空気を読めないとんぼが、珠子を突き飛ばすように前にでて「どいとーせ、人呼ぶぜよ」と強気で言い放ちます。この行為により珠子の抑えていた感情が爆発し、闘いに向けて一気に状況が動き出します。
「じゃかあしやー」ととんぼを突き飛ばし、 それを心配して駆け寄った桃若を後ろから蹴り、体制を崩した桃若の鬘(かつら)を掴み引きはがすと、それを床に叩きつけ、「何が陽暉楼や、でかい顔すな!」と叫びます。
やられた桃若もここでスイッチが入り「おんしゃーなにしゅーがや」と珠子に強烈なビンタを食らわします。そして体制を崩した珠子に追い討ちの蹴りを入れます。珠子も蹴られても怯まずに桃若の脚に掴みかかり桃若を床に倒して飛び掛かります。
お手洗いの床でもみ合う二人、髪を掴み合い、お互い本気でぶつかり合います(とんぼは二人の喧嘩のあまりの激しさに口を開き茫然)


水道管が壊れ水が飛び散る中、お互いの髪を掴み立ち上がる桃若と珠子。壁への叩きつけや髪を掴んでの力のこもった押し合いを展開し、「何が陽暉楼や」「いてもたるー」と叫ぶ珠子に対して桃若も一歩もひかず激しい攻防を繰り広げます。


ここで桃若が珠子を壁に押さえつけての振りかぶりビンタ。やられた珠子は「このあま」と桃若を投げ飛ばします。そして倒れた桃若の背後から髪を掴み容赦なく引っ張り上げます。しかし何とか体制を立て直し、珠子の正面を向いた桃若は、「この~」と声を振り絞り珠子をビンタ。珠子もすかさずお返しのビンタ。それに対して桃若は更に体制を優位にして上から下に叩きつけるようにお返しのビンタを放ちます。


ここで闘いの場がお手洗いから控室みたいな部屋に移ります。
右手から血を流し、必死で控室に這ってくる珠子、しかししっかりと桃若も珠子の体にしがみつき追ってきます。「離せ」「離すもんか」と叫びながら控室に入ってくる二人。珠子が蹴りをだしてつき放そうとするも桃若は意地で珠子の裾を離しません。「まだ決着がついていないわよ」という桃若の心の声が聞こえてきます。


何とかテーブルにしがみつき体制を整えようとする珠子。しかし桃若は珠子の帯をしっかりと掴み、しつこくしがみついてきます。テーブルの上のものを手で薙ぎ払い辺りにぶちまけつつ何とか桃若のほうを向く珠子。正面に向き合うと「なんぼなめよったら」とお互いに言い合いながら激しく掴み合います。しかし何とか珠子が桃若を力づくで引き離し、壁のほうに突き飛ばします。


しかし闘いはまだ終わりません。
桃若はカーテンを掴み何とか飛びかかれる姿勢にして、勢いをつけてテーブルに這い上がった珠子に飛びかかります。テーブルを背にして珠子の足の間に桃若が挟まれる体制になります。珠子の生足が美しく上下する中、この体制で髪の毛を掴み合い絡み合う二人。何とか珠子が力で桃若を押し、テーブルから体を起き上がらせ、ソファーに二人とも倒れこみます。再度もつれあいながら立ち上がりますが、珠子が足を使って桃若を突き放します。桃若はそのままソファーに倒れこみ、珠子も勢いでソファーに倒れこみます。二人がソファーに並んたところで、十分闘って精魂つきたのか闘いは終了となります。


4)闘い終えて

場面が変わり、バーみたいなお店で桃若を待つ御曹司。約束の時間も過ぎ、そろそろ店も終わるかという頃、珠子との喧嘩でぼろぼろになった桃若が現れます。喧嘩によってお酒が回ったのか、喧嘩の後にお酒を飲んで酔ったのかはわかりませんが、足がふらつき千鳥足な感じです。店のマスターは空気を読み、「どうぞごゆっくり」といい、その場からいなくなり電気も消え閉店という感じになります。桃若は
「決闘してきたがや、女子(おなご)の決闘、犬かち、猫かち顔負けや」
といい、カウンターテーブルにのり、御曹司の飲んでいるお酒を「くださいな」といって飲み始めます。そして「若さん、こいであいそがついたですやろ」と言って「もっと楽しい歌かけとーせ」とレコードの曲を替えるように甘え口調で御曹司にお願いします。ここのシーンの桃若(池上さん)は本当にかわいいです。普段凛としている桃若とのギャップや、直前に女同士の決闘をしてきたという前振りもあったことからCF好きの私には本当に魅力的に見えました。池上さんは純和風の服装や髪形、メイクがとても映えるお顔立ちでとても美しい女優さんだと改めて感じました。そしてそんな素敵な女性が「決闘してきた」と服も乱れボロボロの状態で言うところはCF好きにはたまらないところだと思います。


いかがだったでしょうか?
正に日本映画史上最高のキャットファイトと呼ぶにふさわしい内容だったと思います。女優さんの質、演技力、背景、CF前後の流れ、どれをとっても日本最高峰CFと呼ぶに値する作品と思います。


5)おまけ
ここで、おまけとして桂三枝師匠を相手にこのシーンについて浅野温子さんが対談形式で話をしている番組の映像からそのコメントをいくつかピックアップしてみたいと思います。

<本作の喧嘩のシーンに対しての会話>
三「だいたい、こうなってこうなってと決まってるんですか?」
温「決まってます」
三「そういうとこほんまに腹立ててやってんのかなと思うて」
温「ありますよ」
※ここのありますよは「腹立ててやること」を言っているのか「段取り」があると言っているのか微妙な言い方です
三「ありますか」
温「こことこことここは押さえなさいという段取りありますよね。ただこっからこっからここと移行する時の”遊びの部分”というのは自分できちんとしないと単なる段取りになるから」
三「あんとき何回くらいリハーサルするんですか」
温「本番1回で」
 「女同士だとちゃちになるから本気でやれっていうわけですね。私たち手を抜くなんてありえないんですけど、それ言われるとかっとくるわけですよ」
 「半端なことをやるなって言われるのが嫌で」
三「本番一分前位はよろしく~とか言ってるんですよね」
温「いいえ、撮影前からお互いこっちとこっちで(別々に)座らせられて。撮影前から口聞くなって言われてました」

つまりあのシーンは大枠の段取り(例えば最初のビンタのところとか、二人で髪を掴んで起き上がるところとか)は決まっていたけど、その間の”遊びの部分”は役になりきって自分達ですべきことをしたということですね。しかも本番前どころか撮影前から口を聞くなって言う徹底ぶりが素晴らしいですね。このシーンにかける五社監督のこだわりが日本映画史上最高とも呼べるキャットファイトシーンを生み出したということで納得できますよね。
また上記の浅野温子さんのお話以外でも週刊誌の記事で「このシーンで本番中あまりの激しさに池上さんが脳震盪を起こしてしまった」というのを読んだことがあります。撮影の緊迫感と共にあのシーンはやはり名女優お二人の女優魂と作品に対する真摯で本気な姿勢が現れた最高のものと言えるのではないでしょうか。

6)もう一つのCF
出演者:倍賞美津子(お袖) vs 佳那晃子(丸子)

本作にはもうひとつCFがありますので簡単にご紹介します。
賠償美津子さん演じる陽暉楼の女将であるお袖は、自分の旦那が陽暉楼に新しく入ってきた佳那晃子さん演じる丸子と温泉で浮気していることを耳にします。現場に行ってみると旦那は丸子と仲良く温泉につかっていちゃついてました。それを見て「この丸子は高知に進出したい稲宗が送り込んだスパイだ」と亭主に告げるお袖。そのことを見抜かれた丸子は「亭主取り戻したかったら力ずくでこんかい」とかんざしを抜いて構えます。「よっしゃ、覚悟しいや」と着物のまま温泉に入っていくお袖。
丸子がお袖に襲い掛かり、お袖の腕にかんざしが刺さるが、お袖は動じず、「なかなかやるのぉ」と丸子に圧力をかけます。その圧力に耐えきれなくなった丸子はお袖にとびかかるも、頭を押さえられ何度も湯船に顔を押し込められます。圧倒的に格の違いがでてしまっている闘いですのでCFとしての面白さはもう一つですが、佳那さんの見事な体は見ごたえ十分です。


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