奉納女相撲について(CF完成作品ご紹介はもはやおまけです)

今回の作成画像は日本最古のキャットファイト(詳しくはこちら)と言われる女相撲ものです。その中で個人的には結構惹かれる設定である雨乞いの催事として執り行われていたといわれる奉納女相撲をイメージして作ってみました(思い通りのイメージというわけではなく、なんとなく雰囲気を出してみましたという感じです。)
しかし今回は奉納女相撲への私の考えバックストーリーを調子にのって書きすぎてしまって文章過多の記事になってしまいました。ですので記事の比重でいったら画像はもはやおまけになってしまっているかもしれないです。


雨乞いのための奉納女相撲について

この存在を私が知った情報源はおそらく中野貴雄監督で、雑誌か何かの記事だった気がします。そんな奉納女相撲ですが有名な説として、女性は不浄な存在であり、その女性が神聖な土俵で相撲を取るという行為(または通常男性が行う相撲をあえて女性が行うという逆の行為)に神様が怒り、不浄を洗い流すために雨を降らせるという話があります。この説は秋田での郷土史からきているみたいで中野監督のされていたお話もこの設定に準じたものだった気がします。
しかしながら実は福岡県ではこの説とは真逆で神様が喜ぶという理由から雨乞いに女相撲が開催されたというように言われているみたいです。
つまりこの2つの説は相違しているというレベルではなく全く逆のことが言われているということになります。

どちらもそれぞれの地元では正しいとされているので、それはおいておいてここで私の勝手な見解を述べさせていただきますと、やはり神様は女相撲を喜んでいたのではないかなと思います。怒りにより恵みの雨を降らすということが矛盾しておりますし、人間がほしいもの(雨)を得る為に相手(神様)の嫌がることをあえて行うということもちょっと違うかなと思います。そういうわけで私の中では勝手にこんなやり取りを想像しております。

<神頼みをした近隣の村長と神様の会話>
神様、このまま雨が降らないと儂等の村はもうおしまいです。どうかどうか恵みの雨を降らせてください。
お前達の熱心な願いは聞こえたが、、ふむ雨を降らしてほしいのか?ただ神に望むだけで何でも手に入るということがないというのはお前達にもわかるだろう?こういうことはきちんとしたけじめが必要になるのだ。では何をすればいいかだと?そうだな雨を降らすにはいきり立つような、気持ちを熱くなるような何かが必要だな?何?戦を求めているかだと?バカを言うな、お主らは生きるために恵みの雨を望んでいるのだろう?なのに戦で死んでどうする。ではどうすればいいかだと?何?相撲はどうかだと?なるほど肉弾相うつ闘いは確かに気持ちを熱くする感覚を得られるかもしれぬな、しかし普段からやっているものではな、、、催事というのは特別な時に特別なことが行われるからこそご利益というものがあるものなのだ、、、。では女による相撲はどうかだと。うむ、確かに普段行われない女同士の相撲というものは特別な行いとしては間違ってはいないな。ただし土俵は本来神聖なものとされている為、女が土俵に上がって相撲をするというのはあまり褒められるものではないな。では他の案をだと?待て待てそう急ぎすぎるな。確かに女相撲は本来良いとされるものではない。だが、そのようなことが行われた地を洗浄するということで雨を降らすというのは考えようによってはなくはないかもしれんな。何?乗り気でないなら他の案を考えるだと?いや儂も忙しい故なかなか降臨することもままならない。女相撲など本来神である儂は決して見たくないのであるがまあそれしか案がないなら、、、ふむ仕方がないかもしれぬな(チラ)まあ儂はそのようなものを見たいというわけではないが、それで手を打つしかなさそうか、、、(チラチラ)しかし闘うのはせめて汚れなき美しき娘達でないとな、、、。力だけが自慢の醜女による相撲など行われても汚れが重なる故もはや雨では不浄を流せないということになり、嵐を起こす必要がでるかもしれぬからな、、、。それでは困るだと、もちろんだ。そうならないようにはどうすればよいか考えてみろ。何?では器量良しの処女(おとめ)を用意すればどうかだと?。ふむ、それであれば汚れは最低限になる故に、田畑を癒やし、水源を潤すだけの雨で十分不浄を洗い流すことができるだろう。お前達が必要としている雨量を望むのであればそのほうが良いかもしれぬな、、、。あーこれは決して儂が望んでいるという訳では無いがな(チラ)あと雨を降らすにはそれなりの神通力が必要になる。その為にはそれなりの時間が必要となるな。何?そんなにたくさんの器量良しの処女(おとめ)を用意できないだと?待て待てそう早まるな、相撲は何も一番で終わりというわけではあるまい。であればどうとでもなるだろう?何回も同じ者同士が闘う対戦でも良いのかだと?良いかそこは重要ではない、時間が稼げればそれで良い。限界まで闘う姿が見たいとかそういう訳では無いから勘違いするなよ(チラ)何?服は来たままで良いかだと?バカモノ、服を着た相撲などあるものか。廻し(相撲褌)で相撲はとるものだ。本当は神事ということで神の前では生まれたままの姿が最も望ましいが、流石にそこまでは要求はしない。もちろんそうしたいと言うなら止めはせぬがな(チラリ)そうか廻し(相撲褌)を用意するか、、、女用にわざわざ準備するのも大変であれば全裸でも良いのだぞ(チラリ)そうか、用意するか、、いや残念などとは思っていないぞ、ではその方向で順次うまくやれ。では儂はそろそろ戻るのでうまく取り決めてこれから子々孫々に引き継いでいくのだぞ。あーそれと、くれぐれも儂は女相撲を見たいわけではなく、むしろ女相撲に怒り汚れを洗い流すために雨を降らせるということをきちんと伝えるのだぞ。神が女相撲が見たいなどと間違った話が世に出回ったら儂の信仰にも影響がないとはいえないからな。いいか、特に女達には間違えずに伝えるようにするのだぞ、絶対だぞ。

それから、毎回日照りになると村を代表する処女(おとめ)達により、女相撲が催事として行われ、その後は必ず恵みの雨が大地を濡らし、田畑に多くの幸を与えることになり、村はますます発展していきましたとさ、めでたしめでたし(日本昔話風)

すいません、長々とくだらないことを書いてしまいました。ようするに(ダチョウ倶楽部の)絶対押すなよとか、(落語の)饅頭こわいのような感じで、本当は嬉しいけどあえて逆を言うみたいな、そんな感じで秋田では郷土史に残っている説を私は押します。そして福岡ではそのまま素直に好きということで伝わっているだけだったということでこの話はとてもスッキリと理解できます。
結論:恵みの雨をもたらしてくれる神様は女相撲好きで私達の仲間(罰当たり発言)


そんな奉納相撲をAI画像生成をベースに作品化してみました。


<本画像のバックストーリー>
遡ること200年以上前のとある集落。そこには米作りを中心に村人のほとんどが農業に従事しているのどかな2つの村があった。そしてこの2つの村の間には水神様の祀られた祠があり、この辺りに住む者にとっては特別な催事が行われる神聖な場所とされていた。そしてその特別な催事とは、雨が降らない年の春にそれぞれの村から代表となる美しい処女(おとめ)が選ばれて行われる水神様に捧げる奉納女相撲である。開催の合図は雨が降らないにも関わらずこの祠の周辺に花が咲き乱れた時であり、花びらや花そのものがクッションのように地面を覆う時にこの女相撲の開催が決定される決まりになっていた。

そしてこの闘いは他の祭りと違い、浮かれた空気などはなく、真剣に血が沸き立つような真剣勝負を行うことが絶対条件とされていた。またこの闘いの勝者となった女性がいる村はその年に納める年貢(税)を大きく免除され、その分の負担を負けた村が肩代わりしないといけないという取り決めが2つの村の間では交わされており、村人全ての生活に大きく影響がある位置づけになっている為、開催日まではこの女相撲を中心に2つの村が動くといっても過言ではないほど大きな影響力があった。

選ばれる女性は単に力の強い女性を選ぶのは許されておらず、基本的には双方の村から器量がよい処女(おとめ)から代表者が決められることになっていた。更に公平を期すためにお互いの村の代表を相手の村が認めないといけないという取り決めになっており、自然と闘う娘はほぼ互角の体格で力も同程度ということが暗黙の条件となっていた。そして代表として選ばれた娘は勝っても負けてもその村の為に闘ったことを讃えられ村での地位を約束される。もちろん敗者となったものを同じ村の心無いものが責める場合があるが、そのような者は催事を汚したということになり村八分にされることとなる。つまり闘う女性はこの取り決めによって守られることになり、なんの心配もせずに闘う事に集中できた。とはいえ女相撲の村代表として闘って負けてしまった敗者はやはり心の中では屈辱を引きずって生きていくことになる為、自分のためにも貪欲に勝利を求めて闘うことになった。

この女相撲の勝敗は一回勝負で決まるものではなく、どちらかが動けなくなるまで何番でも行われる。どちらかが動けなくなった時点で勝利数の多いほうが勝利となるが、勝ち逃げは許さておらず実質負けている側がもう闘えないくらいに体力が尽きるか、心が折れて闘えなくなるまで続けられる過酷なものであった。


<◯△年春>
日照りによりこのままでは作物が危ないという時に、催事開催の合図のごとく祠の周りに花が咲き乱れた。そしてこの年の代表の処女(おとめ)は相撲をするには適さない可憐な美少女同士の対戦となった。片方の村には他にも美しく力が強い代表候補もいたのだが互角の体格ということは絶対条件であり、結局最も可憐だが力も弱いと言われている娘同士の闘いに決まった。ただ奉納相撲は力よりも気持ちが強いほうが勝つとされ、お互い容姿には自信があり、相手の女の容姿による評判を聞いていた二人は、この女だけには負けられないという個人的な嫉妬心も重なり凄まじい闘いが繰り広げられることになった。


<□◯年春>
この年はいつもの年よりも干ばつの危険度が高く既に少し離れた村では絶望的な状況であった。そんな中とてつもない数の桜の花が咲き花びらがまるで絨毯のように敷き詰められることになり、女相撲の開催が決定された。今年は特に必要な雨を降らすにはいつもより激しい闘いが必要と感じている2つの村の代表は器量、肉体申し分のない二人の代表を選出することに異論はなかった。更にこの二人の母親はかつて20年前にこの場で闘ったという因縁があり、その時の勝敗には若干の遺恨を残していた。そのためこの母親同士は今も憎しみ合っており、親子二代に渡る因縁の対決にこの年の女相撲は最高潮の盛り上がりとなった。そして憎しみ合うように育てられた二人の娘の闘いは死んでも負けないという強い気持ちがこもった凄まじいものになった。


なんて色々と書きましたが、ただ画像をつくるだけではなくこんな感じでバックボーンを語ってみるのもいい感じのアクセントになるかなと思いますがいかがでしょうか。


本日の睨み合い

奉納相撲前の顔合わせのシーンです。薄い着物に身を包んだ美少女二人がこれから村の代表としてその体に廻し(相撲褌)のみを身に着けて女相撲で死闘を繰り広げます。


久々に長い文章を書いてしまいました。では。

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